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by benren

天草実習生の声②  

中国人研修生Bさん

1 私は,2005年10月に中国の派遣会社に登録料4万元を支払いました。4万元は日本円にして70万円くらいになります。私は給料を月に1000元くらいしかもらっていなかったので、親戚から借金をして派遣会社に登録料を支払いました。日本語も派遣会社に月3000元の授業料を支払って、3ヶ月間の研修を受けました。

2 2006年4月に,天草市の○○に研修生として派遣されました。日本に来た日に,○○の社長からパスポートを取り上げられました。天草の工場に着くと,いきなり午後6時から午後9時まで働からされました。○○では日本語を習ったことはありませんでした。○○にいる間は、他の研修生や実習生と一緒に女性物下着を縫製する仕事をさせられ続けました。

3 ○○の仕事は中国にいたときよりもひどくて,まるで奴隷のようでした。午前8時半から午後10時頃まで仕事をさせられました。遅いときには午前3時まで働かされました。
 社長からは、毎日ノルマが課されており、ノルマを達成しないと残業代は出せないと言われ、体調が悪くても課されたノルマを達成するまで仕事をやめることは許されませんでした。
 仕事がなかなか終わらないときには、社長はすごい形相で時にはテーブルを叩きながら、「努力してないから終わらない」「バカ」「悪い」と怒鳴られました。私は、社長に殴られるかもしれないと思い,怖くて一生懸命に働きました。何時間も残業をしてその日のノルマをやっと達成すると,翌日には,また、たくさんのノルマが課されました。

4 給料は月に6万円程度の給料しかもらえませんでした。残業代は1時間300円しかでませんでした。しかも、社長が私の通帳を作って、給料は強制的に貯金させられました。通帳と私の印鑑は社長が持っていたので、私たちの給料は自由に使うことは許されませんでした。社長は「バカだから給料が安い」「努力してないからだ」とよく言われました。

5 仕事が終わって、やっと寮に戻ってきても、すぐには眠ることはできません。というのは、寮では1部屋12人で生活していました。寮には、1人用のお風呂があるだけだったので、1人ずつ交代でお風呂を使わなければなりませんでした。
 私たちの食事は自分で作らなければならなかったので、仕事が終わってから次の日の食事まで作っておかなければなりませんでした。
 お風呂に入るのと、ご飯を作るのとで、寝るのが毎日遅くなり,深夜2時や3時まで残業したときは,寝るのは朝方でした。それでも翌朝は8時半から働かなければならず、仕事中は疲れと眠気でとてもつらかったです。次の日は少しでも寝ていたかったので、みんな朝ご飯は食べていませんでした。

6 休みも月に1日か2日くらいしかありませんでした。しかも、その休みは仕事の進み具合で突然、社長から「明日は休み」と告げられるというものでした。せっかくの休日も決して自由にできるわけではなく,いつも監視されていました。

7 日本に来てすぐに、社長が私名義の銀行口座を作り、給料はその口座に振り込まれ、強制的に貯金させられました。しかも、給料を振り込む通帳と私の印鑑は社長が直接管理していました。私たちが自分の通帳を見ることができるのは、月に1回の給料日に昼休みの1時間だけでした。その給料も、社長に勝手に使われていました。

 8 研修生は働いてはいけなかったということは,聞いたことがありませんでした。きちんと研修を受けたというのであれば,お給料を貰えないことも分かります。でも、私達は,毎日,○○の社長に怒られながら,ただノルマを達成するために働いていました。協同組合も、私たちを安い給料で働け、いやなら帰国させると言いました。JITCOが会社に来て私たちの話を聞いてくれたことも一度もありませんでした。
 働いてもお給料を貰えないことには納得できません。私達が働いていたことをきちんと認めて下さい。

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by benren | 2011-07-10 13:14 | 実習生たちの声