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by benren

天草実習生の声③  

中国人研修生Cさん

1 私は、日本に来る前は、中国の青島の縫製工場で働いていました。当時の収入は月700元くらいでした。日本に来るため、2005年の10月頃に、中国の派遣会社に、保証金として4万元を払いました。4万元は日本の60万円くらいです。働いていた工場の社長からお金を借りたり、兄や親戚に保証人になってもらいました。ほかにも、日本語の勉強のために、派遣会社に2750元払いました。

2 日本には、2006年7月に来ました。日本に着いたその日に、小国の協同組合に連れて行かれ、パスポートと印鑑を取り上げられました。10日ほどして、社長が迎えに来て、天草の○○に連れて行かれ、その翌日から下着の縫製をさせられました。仕事は、朝は8時半から、夜は10時までで、昼ご飯と晩ご飯の時間を除いて、休憩時間は全くありませんでした。働き始めて2,3日すると、ノルマが課されるようになりました。ノルマが終わらないと仕事を終わることは許されず、午前3時まで残業したこともあります。やっとノルマを終わらせた後も、商品の出来が悪いとやり直しをさせられました。

3 そして、残業が終わった後も、工場の片付けや、翌日の食事まで夜中に作らなければなりませんでした。それに、研修生は12人で共同生活をしていたのですが、シャワーが1つしかなく、交代で使わなければならなったので、寝るのが毎日遅くなりました。私は、寝不足で、目が開けられなくなるくらい疲れていましたが、ミスをすると社長に怒られるので、がまんして働き続けました。

4 また、休日も、多いときでも月に4~5日、忙しいときは月に1日しかありませんでした。その休みも、不定期で、いつも前日の夜10時頃に、社長から「明日休み」と告げられました。そして、社長は私たちが日本人と付き合うのを許さず、休みのときも、私たちを日本人と会わせないようにしていました。また、私たちに来た手紙も渡してくれませんでした。

5 こうして働いても、給料は1か月6万円、残業代は1時間300円くらいでした。しかもそのお金も自由に使うことはできませんでした。社長は、私の知らないうちに、銀行口座を作り、私たちの給料を勝手に管理していました。私たちが通帳を見ることができるのは、月に1度、10分間だけでした。そして、昨年5月に通帳を見ると、25万円が勝手に引き出されていて、社長が使い込んでいたことが分かりました。

6 私は、社長の指示で働いていましたが、社長はたびたび、私たちの働きが遅いと言っては、「中国人は悪い」「あなたたちは努力してない」「バカ」「アホ」と大声で怒りました。そして、年に1回、外部の人が検査に来るのですが、そのときだけ社長は研修生の代表の人だけにパスポートを返し、「残業はしていない」「休日はある」と答えるように指導していました。

7 昨年の9月、協同組合の人が私たちを迎えに来て、理事長から「○○の社長には支払い能力がない。他の会社を探してみる」と言われました。しかし翌日になると、「あなたたちを受け入れる会社はないよ。中国に帰ってほしい。20分で荷物をまとめなさい」と言われたので、私たちは走って施設の外に逃げました。

8 現在、私たちは、△△さんという方の厚意でアパートに住まわせてもらっています。そして、カンパから月1万円を生活費としていただきながら、なんとか生活をしています。食費を切り詰めながらのぎりぎりの生活です。

9 私は日本に来て、縫製の技術について教えてもらったことは一度もありません。日本語も、協同組合にいた10日間勉強しただけで、工場で働き始めてからは、全く教えてもらえませんでした。私たちはただ、社長に怒鳴られながら、朝から晩まで機械のように働かされていたのです。
 私は、私の自由を奪ってひどい扱いをした会社に対する怒りが収まりません。私が働いて稼いだはずのお金をもらえずに、このまますませることは絶対にできません。

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by benren | 2011-07-10 13:16 | 実習生たちの声